生体分子システム工学

 私たちのグループでは,微生物細胞中の生化学反応ネットワークを「創って操る」ためのフィードバック制御理論および基盤実験技術を研究しています.

 近年,バクテリアなどの微生物中に存在する生体分子反応ネットワークを遺伝子操作により人工的に設計・調整し,望みの反応を細胞中で実現する「人工遺伝子回路」の構築が可能となりつつあります. 人工遺伝子回路を利用することで,これまで合成が困難であった物質を細胞に作らせたり,希少タンパク質を効率的に合成させたりするなどの工学的応用が期待されています.今後,微生物中の生化学反応を「理解し予測する」だけではなく「設計し制御する」ことがますます重要になると考えられます.

 そこで私たちは,細胞内で生じる大規模で複雑な化学的相互作用を工学のフィードバック系として捉え直し,反応を系統的にモデル化・設計・制御するために必要な「遺伝子回路システム工学」の確立を目指して,基礎理論の構築から実験・実応用までを幅広く研究しています(右図参照).

  • モデル化: 大規模で非線形な遺伝子回路をスケーラブルに数理モデル化するための「非線形階層化フィードバックモデル表現」の提案と同定手法の開発
  • 回路設計理論: 望みのダイナミクスを達成する遺伝子パーツや回路構造を明らかにするためのフィードバック制御設計理論および最適化手法の構築
  • プロトタイプ実験環境: in vitroでタンパク質を発現させ,パーツやパラメタを調整しながら効率的に回路の同定や解析が可能なマイクロ流路の構築

三者の有機的な連携により,有用性が高いシステム設計フレームワークを創出することが目標です.

遺伝子回路の数理モデル化
  • 遺伝子のタンパク質合成過程(転写・翻訳)を数理モデル化し,ダイナミクスを解析するために必要なモデル表現やモデル同定法を研究しています.
  • 遺伝子回路に普遍な特徴を抽出した一般性の高い数理モデルを構築し,広いクラスのシステムの対する統一的な解析や設計手法の開発につなげるのが目標です.




関連文献(一部)

  1. Y. Hori and R. M. Murray, "A State-space Realization Approach to Set Identification of Biochemical Kinetic Parameters," Proceedings of European Control Conference, pp. 2280--2285, 2015. (doi:10.1109/CDC.2015.7402292)
  2. Y. Hori, M. H. Khammash and S. Hara, "Efficient Parameter Identification for Stochastic Biochemical Networks Using a Reduced-order Realization," Proceedings of European Control Conference, pp.4154--4159, 2013. (IEEE Xplore)
  3. Y. Hori, T.-H. Kim and S. Hara, ``Existence Criteria of Periodic Oscillations in Cyclic Gene Regulatory Networks,'' Automatica, vol. 47, No. 6 (special issue on Systems Biology), pp. 1203-1209, 2011. (doi:10.1016/j.automatica.2011.02.042)
遺伝子回路の解析・設計・実験 (実装)
  • 電気回路において電流や電圧を制御するのと同じように,遺伝子回路では遺伝子を操作してタンパク質などの分子の濃度を制御することが目標です.
  • 遺伝子回路の安定性・不安定性,ロバスト性,確率ノイズの性質などを解析し,設計に活かすための制御理論や数値最適化手法を構築しています.
  • 設計理論ツールを応用することで複雑な動特性をもつ遺伝子回路の実装やダイナミクスの量的特徴付けも可能となりました.
    1. 遺伝子振動子: 理論に基づいてパラメタを設計することで,振動の有無や周期を望みの通りに変動させることに成功しました.
    2. 遺伝子時相ロジックゲート: 環境中に存在する化学物質濃度の時間変化によりタンパク質濃度の挙動が変化する「遺伝子論理ゲート」を提案しました.



  • 関連文献 (一部)

    1. V. Hsiao, Y. Hori. P. W. K. Rothemund, R. M. Murray, "A Population-based Temporal Logic Gate for Timing and Recording Chemical Events," Molecular Systems Biology, vol. 12, No. 5, 869, 2016. (doi:10.15252/msb.20156663, biorXiv).
    2. Y. Hori, H. Miyazako, S. Kumagai and S. Hara, "Coordinated Spatial Pattern Formation in Biomolecular Communication Networks," IEEE Transactions on Molecular, Biological, and Multi-Scale Communications, vol. 1, No. 2, pp.111--121, 2015 (invited paper). (doi:10.1109/TMBMC.2015.2500567; preprint)
    3. H. Niederholtmeyer*, Z. Z. Sun*, Y. Hori, E. Yeung, A. Verpoorte, R. M. Murray and S. J. Maerkl, "Rapid Cell-free Forward Engineering of Novel Genetic Ring Oscillators," eLife, vol. 4, e09771, 2015. (doi:10.7554/eLife.09771)
    4. Y. Hori, M. Takada and S. Hara, "Biochemical oscillations in delayed negative cyclic feedback: Existence and profiles," Automatica, vol 49, No. 9, pp. 2581--2590, 2013. (doi:10.1016/j.automatica.2013.04.020)
    遺伝子回路の実験プラットフォーム
  • 設計理論ツールと連携して遺伝子回路の開発を効率化するためのマイクロ流路(マイクロ反応器)の研究を行っています.
  • 無細胞タンパク質合成系と組み合わせて使うことで,in vitro (細胞外)で望みの入力を遺伝子回路に印加できるようになり,システム同定や解析・設計のための重要な知見を得ることが可能になりました.